対談企画 第二回


対談企画第二回目のゲストは、土井健雄さん!

多田とは、古くからの音楽仲間であり、尊敬するパーカッショニスト。

二人はいつも、スタジオに入ってすぐに音合わせ。じっくり話をした事がないとの事。なんじゃそれ?!ってな事で、今回のゲストは土井んに決まりました♪

 当日は、京都の山科にある「再会」という老舗カフェにお邪魔して、2人の会話は放課後の寄り道的な雰囲気で、ほんわかはじまりました。気が付けば、数時間たっていてビックリしたぐらいです(笑)

カフェの雰囲気は落ち着いていて、店内にクラッシック音楽が常に流れる大人なムード、料理も美味しかった!手作りクッキーなど販売もしていて、クッキーもかわいいラッピング、女子ウケ間違いないお店です。デートにいいかも!おすすめは、ビーフシチューとの事で、早速オーダー

流石おすすめだけあって、野菜は大き目でゴロゴロしていてお肉も、とろとろの食べごたえのあるサイズ感。もう一度行きたくなるお店です。

是非近くに行かれた際は、寄り道する価値ありです。

フォトアルバムへ、写真載せてますので、良かったら見てください♪

カツサンドおいしそうでした。(土井さんオーダー)多田は、カツカレー。こっそり多田は一人だけ、タルトをオーダーして食べてました(笑)

 本題に入らなければ。

始めに

記事にする事を、最初からお二人は無視!

ただただ、思い出話と、共通の知人の話と、男子特有の過去の悪さの話など炸裂!その中でも、亀岡(二人とも住んでた事がある土地なので)盛り上がりすぎて約40分も経過してから気がつきましたが、ほとんど多田が話して、土井さんが質問をして会話が進行していました。

 この部分も記事にしようかと思ったのですが、個人情報満載なのと、亀岡のボーリング場がどこにあったかとか・・・

誰が興味あんねん!?

 あまり自慢できないエピソードが多すぎて書けないのでばっさりカットしまーーす。

  一つだけ前半の会話で紹介できるのは、最近多田は、小坂 忠のLIVEを見に行った事を、土井さんにお話ししてました。

では、そろそろ進行の交代をする所から書きます♪

二人の出会い

多田「土井さん、僕の話ばっかりききますやん!」

土井氏「ほんまやな、おれインタビュアーなれるかな?!」

(いや、ほんまに多田しっかりして!土井さんの話を書きたい!紹介したいんです!スタッフの嘆き・・・)

多田「そろそろ、本編にいきましょうか?」

(多田!やればできる子!)

多田「僕たちの出合いって、いつでしたっけ?小松哲也きっかけでしたよね?」

土井氏「そうそう、小松君とやったLIVEで知り合った。」

(小松さんとは、シンガーソングライター HP 

活動拠点は京都!多田とは古くの音楽仲間であり、元バンドメンバー。

小松さんの存在が無ければ二人は出会ってなかったので、ご紹介しました。)

土井氏「小松君と知り合ったのも、セッションしていたヴォーカリストの紹介で出会ったわ。

で、当時小松くんとバンド活動していた 多田君に出会う事になるねんけど・・

最初、出会った頃 俺より年上かと思ったわ!小松君に意見をしまくってる所何回も見たし、変に貫禄ある容姿やし(笑)俺、学生の時 こんな奴同じクラスやったら嫌やわ~がたいでかいし、態度も・・・(笑)」

多田「僕、ほとんど学生の頃からこの体型なんですよね(笑)」

土井氏「嫌やわ~、同じクラスいたら~。

そうそう最初絡んだ時、どこか外国の留学生かと思ってたわ。」(笑)

多田「ボク、バ、ナ、ナ、ソダテテマスッ!」

(かたことで話す多田は、お姉ちゃんの店でウケルらしい。。。デス)

多田「ちょっとの間でしたけど、土井さんともう一人パーカッション加入して、ダブルパーカッションでLIVEしましたよね。」

土井氏「やってたやってた。ピアノの人、えーーーー名前なんやったけ??ん?懐かしいな。」

(多田と土井さん、そして小松さんの加入していたバンドは、ブルースが強めのポップスで60年代の古臭い音と、リズムの取り方に拘っていたバンドだったそうです。ピアノ担当の女性は、手作り唐揚げが美味しかったと、当時を懐かしむ二人の姿・・・

ここから、ミュージシャンってどうなの?人に言葉を伝えるって・・・と会話は流れていきます。)

ミュージシャンって?

土井氏「よしあき君は、今一人で活動してるわけやろ?シンガーソングライターってどんな感じ?」

多田「バンドやってた頃は、デメリットもメリットも合わせ持ってますが、一人でするのって、すべて自分次第ですね。誰のせいにもできないですしね。」

土井氏「そうそう、だから僕は、小松くんも、よしあき君も尊敬するわ。 最近、作詞作曲するようになって思うのは、世にCDとか作って発表するって事はすごく勇気のいる事だし。すごいわ!!作詞とか、、日記見られるのと一緒だし。で、LIVEで歌うわけやろ?」

多田「LIVEとか、丸裸でやってる感じはありますよ。極端な表現ですけど。」

土井氏「人の曲を聞いて、よくそんな言葉思いつくなっとか、いい言葉とか曲を聞くと感動するし、

俺もそっち側に行きたいな~と思って、作詞作曲始めてん。言葉ってワン・センテンスでグット心をゆさぶったりそこに、いい曲乗せれたら記憶に残るし、すごい事だと思って。

 誰かひとりでも、心にささる楽曲ができたらと思ってるねんけど。自己満足を押し付ける様やけど、、

 仕事だったら、自信のある物しか提供したらダメでしょ?お金もらうし。商品を渡してお客さんに満足してもらう所まで責任もたないといけないし。

そう思うと、俺が自信をつけないといけない。だから、出来た曲も、封印してしまったりして世に出せない。これで100%だって曲を作りたいねんけどまだ道途中かな。

 俺の性格的に、あんまり自己主張がないねん(笑)受け入れる側だし。俺はこうしたいんだ!って主張をバンドメンバーに話す事なんて無いし、どちらかと言うと、『土井さん、こうして欲しい』とか言われる事の方が受入やすい。」

(多田は、静かにコーヒーを飲みながら、土井さんの話を聞き入ってました。)

多田「それが武器ちがいます?自己主張が強いのもね、どうかと思いますよ(笑)」

(おいおい、多田は自己主張の代表!)

土井氏「そうかな?」

多田「いい言葉(歌詞)浮かばない、曲ができない事もありますよ。でも、その時出来た曲って、その時の感情で、今の自分を認める事も大事だし、それが今の自己ベストかもしれない、いちいち完璧を求めて、出来た曲をゴミ箱に捨てていくのは勿体ない様な気がするし、その時感じた事が自己ベストじゃないのかな?ゴミ箱に捨てると、自分を否定してるって言うかね・僕のスタイルは自分に正直かな、曲作る時は」

土井氏「今の自分を認めるって言うけど。楽曲を他人から否定されたら?」

多田「ま~悔しいですね」

土井氏「悔しいやんな。嫌やんな?」

多田「曲を否定されると、僕自身も否定されてるような気になりますよね。。。」

土井氏「そんなん聞くと臆病になってしまうねん・・」

(ミュージシャンとは、表現者であり作詞・作曲は、作り手のマスターベーションだと思います。

受け取り手も、様々な作品をみて気に入った物を聞くので、

土井さんも、多田もどんどん作品生んじゃって下さい!!

土井さんの作品楽しみに待ってます♪)

趣味は一人旅

多田「そー言えば土井さん、一人旅すきでしたよね~」

土井氏「そうそう、年に1回は旅行してたな。。

 結婚する以前は、良く一人旅に行ってたよ。

  今の仕事(土井さんは表具師です。後ほど詳しく書きます)

 修行期間が6年間あって、修業が終わってから一人修学旅行してん。(笑)

初めての一人旅は10万円握りしめて、那覇まで行って適当にバスに乗って適当な駅で降りて

そんな当てもない旅に行った。

 旅に出た理由があって、もし一人で一カ月生きていけたら、自信につながるし、人として成長できるかと思って。

 実は一人旅するまでは、旅行友達がいてね、そいつと富士山行ったりあちこち行ったな~。

その友人が若くして亡くなってね。。。

 そんな事もあって、一人旅だけど、亡くなった友達とも一緒に旅している感じかな。

沖縄本島に行って、ボンゴって楽器を持って旅に出てたから、路上ミュージシャンとセッションしたり、現地の人にごはん奢ってもらったり、ドライブ連れていってもらったり

そんな28才一人旅。

沖縄 宮古島 石垣島 竹富島 一か月間 いろいろ行ったよ。

そのあと、 屋久島 奄美大島 よしあき君も去年行った、加計呂麻島も行ったよ!

長崎の五島列島も行った。なんか、島好きみたい。島も南の方限定で(笑)

多田「加計呂麻先輩!」

では、ここで 加計呂麻レゲエ♪

「加計呂麻レゲエ」シーガン山下@ASIVI 2010.6.27

(ここから、多田の昨年旅した話に切り替わりますが、音楽話に繋がっていきます)

アーティストのプライド

多田「僕、去年旅した時に、加計呂麻島も勿論良かったんですが、印象に残ってるのが、奄美大島にある田中一村美術館なんですけど、土井さん行きました?」

土井氏「田中一村、名前だけ知ってる。美術館行ってないわ。」

多田「奄美大島で最後を迎えた画家なんですけど、田中一村が友人に宛てた手紙を読んで、一人で感動したんですよ。。。

~「絵かきは、わがまま勝手に描くところに、絵かきの値打ちがあるので、もしお客様の鼻息をうかがって描くようになったときは、それは生活の為の奴隷に転落したものと信じます。勝手気ままに描いたものが、偶然にも見る人の気持ちと一致することも稀にはある。それでよろしいかと思います。その為に絵かきが生活に窮したとしても致し方ないことでしょう」~

ミュージシャンとか芸術に携わるひとなら、こういう部分は大事で、僕は、この気持ちを持っていたいと思いました。」

土井氏「多田君は、アーティースト肌やな!わかるけど、俺は、やっぱり周りの評価が気になるわ~。人の意見もちゃんと聞くし、音が良くなるなら表現も変えていかないといけないしね。調和の方を大事にしてしまうわ。」

多田「やっぱり、音楽するにあたって、ストイックにやりたいかな。やる以上は。自分に嘘つけないしね。」

土井氏「音楽している時は、やっぱりメンバーとは対等でいたいし、楽しんでやりたい。日頃、ストレス溜まってて、音楽する時ぐらいは、楽しみたいな。。よしあき君とバンドしてた時は、言うタイプの熱が高い多田色にそまる事は無いように、一歩引いて見てた所あるわ。でも、結局多田君とは、ぶつかる事なかったけど、ただ、ほかのメンバーには厳しかったよね?!(笑)」

多田「僕は言うタイプですね、確かにそんな事もありましたね(笑)土井さんとは、言葉に出さなくても、音で会話できてたと思うから言う事何にもなかったと思います(笑)」

(かっこいい!?音で会話してるって! 凡人には解らない事がありますね~。

  ここで、田中一村 について。

日本のゴーギャンと呼ばれているほど、日本を代表する画家です。

 詳しくはこちらをクリック。あの東山魁夷と同期です。しかしながら、田中一村は、没後に作品が世に出る為、生前はかなりの苦労をされて絵を描き続けた生涯。ストイックに絵と向き合う人生に脱帽です)

仕事について

多田「美術と言えば、土井さんの仕事もそうですね。表具師の話聞きたいです」

土井氏「掛け軸とか額とかの縁を飾る仕事なんです。お客さんが、書道を書いて

その作品を、より引き立てる飾りをする仕事かな。

 言葉の意味と、表装を合わせる。『落ち葉』って書いてる書に ピンクはあかんやろ?

それを落ち葉っぽい色に合わせて作品を際立たせる。そんな仕事。

土井表具店は僕で、四代目なんよ。

多田「ボンですね!ボンボンボンのボン!」(笑)

土井氏「ちゃうちゃう。皆そんなん言うねん4代目とか言ったら。。おじいちゃん(2代目)の時に戦争とかもあって、表具店だけでは生計が成り立たない時期もあり、おばあちゃんが石炭堀に行ったりして、終戦後なんて材料もないし、表装を依頼するお客さんもいないしね2代目でかなり苦労したって聞いてる。次の代、俺の親父は、頑張って頑張って表具店を立て直して、現在まで続いてる。

親父は、顔面神経痛になるぐらい頑張ってたし、その反面、職人気質が強すぎて、イライラしてたり機嫌悪かったりしている姿みて育ったから。あっ、家では俺もそんな感じかもしれない。。。ストイックに仕事して嫁にキツイこと言ってる所あるかも。。」

多田「そうなんですか?以外ですね。。でも、職人気質は大事やと思います。こだわりとか・・」

土井氏「やっぱり、身近にいる家族って、申し訳ないけど素直に甘えれるやろ。。その分、感情表現も露骨に出てしまうしね。そうやね、家族に甘えてるわ!」

多田「甘えれる存在がそばいたら、わがままになって当たり前ですよ。家族だし。そうそう、話飛びますけど。土井表具店の看板 素敵ですよね!あれいいわ~」